■購入記


【1】 胎動編


2003年3月。それまで7年間、11万kmを乗ってきた日産サニーがだんだんヘタりはじめているのを機に 「そろそろ、次のクルマでも」 とぼんやりと考え始めていた。べつに車種もメーカーもどうでもよいといえばどうでもよい、そんないい加減な考えだった。なにしろ今まで乗ってきたサニーも、たまたまお買い得車があったので購入しただけである。「クルマは道具である、ゆえにハコに輪っかが4つついていて走ってとまればそれで良いのだ」 というのがそれまでの持論であって、次のクルマもその基準で1.3L〜1.5Lクラスの 「どうでもカー」 になる予定だった。そう、あの日までは。

適当にクルマ屋を巡礼して、どうでもカーのカタログを集める。走ればいいのだから費用対効果優先で100万円台前半でそこそこスペックでいい。が、またしてもサニーではつまらなすぎる。トヨタに転んでカローラあたりで無難に済ませるのも没個性過ぎる。第一、親父がスプリンターを買ったばかりで、カミさんはサイノス乗りである。これ以上トヨタに侵略されるのはつまらないではないか。

ホンダのFITなんかはいいかもしれないけれど、昔インテグラ乗りで修理時のパーツ供給の心細さに心痛した覚えがあってイマイチだ。友人達は 「スバルにしろよ、レガシィB4は楽しいぞう、ぐへへへ」 と 悪の道に誘惑する。しかしどうにもDQN車(レガシィファンの皆様、ごめんなさい:笑)の匂いがして食指が動かない。・・・こうしてみると、我ながら結構変なこだわりがあるようだ。

そこで、ちょっと視点を変えて考えてみた。投入資金のことはとりあえず置いておき、乗って楽しいクルマとはなんだろう・・・と。いままで乗ってきたクルマを順に挙げてみると


1) スズキ アルト (中古) ・・・免許取りたての学生時代のころ乗ったもの

2) トヨタ カローラUSR(中古) ・・・まだギャルギャルしくならない頃の漢仕様

3) ホンダ クイントインテグラ(中古) ・・・車高が低くて山道をまともに走れなかった orz

4) ニッサン サニー ・・・初めて新車で買ったが、あまり愛を感じたことがない悲しい奴


・・・というものである。みごとに 「どうでもカー」 のオンパレードじゃないか!ちなみに中古車ばかり乗り継いでいたのは、貧乏サラリーマンの悲哀というやつで、もうひとついえば筆者自身あまりクルマというものに興味がなかったというのもある。 このうち 2) 3) を 「どうでもカー」 に分類するのは少々不公平かもしれないけれども、筆者の購入したのは5年落ちくらいの微妙にヘタリ具合のある安い個体で、あまり無茶もできなかったから気分的には "とりあえず走りさえすれば" 以上のものではなかった。

このなかで、初代のアルトなどは思い出深いクルマだった。パワーもなく装備も貧弱で、明らかに安かろう(以下略)なクルマなのだけれど、「それまで行けなかったところに行ける」 ようになったのは大きかった。無免許状態=せいぜい自転車に電車、バスの世界観から比べたら、世界の広がりの桁が違ったのだった。

行ける/行けないといえば 3) のクイントインテグラはスタイルはともかく車高が低くて、山がちな那須野では降雪路や未舗装路などで床下を擦ることも多く、ちょっと苦労をした。早春の峠道で雪にハマって脱出に苦労したこともあった。ホンダにはホンダのいいところがあると思うけれど、田舎の山道向きのクルマではない。

そう考えると、「四駆なら楽しいかも知れないな」 という気分が頭のどこかをよぎった。とはいえ、四駆なんて軽く300万円以上のコースである。いくら楽しくたって先立つものがなければ絵に書いた餅である。そう思って、またどうでもカーの選定に思考がどうどうめぐりを始めていた。




【2】 接触編


さてそこで、「どうでもカーなら別に中古車でもいいじゃないか」 という至極自然な選択肢に行き着いた。年式に妥協すればワンランク上のクルマが買える。冷やかしでもいいからクルマ屋をのぞいてみよう。

そう思って、4月になってからクルマ屋を何件か歩いてみた。たしかに中古なら諸経費込みで100万円を切るRVが結構ある。ただし年式の新しいものをチョイスしようとするとパジェロミニとかジムニーとか小さいクルマになってしまって、ジムニーなどは四駆として日本の林道を走るには最強なのは分かっていても居住性の悪さがうんぬん・・・などと、やはり優柔不断で踏ん切りがつかない。5年落ちのCR-Vあたりでお茶を濁そうか・・・なんてことも考えた。この時点での比較対象は新車で買う「どうでもカー」と、中古で買う四駆である。

そんなときである、あの不思議なクルマを見かけたのは。・・・なんだかワイルドな面構えで、ニッサンのエンブレムがあって、チタニウムシルバーに輝くSUV。なんだろう、と思ったところで、その車体は別の客に引き取られていった。
店の人に聞くと 「ああ、エクストレイルですよ。ほら、あのゴーン社長になってから出したニッサンの最初の四駆・・・」 とのことであった。結構売れているらしい。ボディこそモノコックだが足回りは直結モードありの本格仕様。内装は防水シートで、リアシートを倒せばオトナ二人が足を延ばして寝られるほどのスペースが取れる。しかもRVとしては破格の200万円からのラインナップ(新車時です、もちろん)である。
・・・へえ。と思いつつ、そのときはカタログだけを入手した。足回りの確かさはCR-Vよりはエクストレイルだろう。さらに近々マイナーチェンジがあるらしい。・・・とはいえ新車に手が出るほどの財力はなし(^^;)。発売後2年では中古狙いでもそうそう良いタマは出ないだろうな、ということで、ほぼ100%検討外の存在であった。スペック表とカタログ写真をみて 「いいなぁ」 という、それだけである。




【3】 逆転編


そうこうしている間に、仕事が忙しくなってしまった。韓国の客先からのクレーム対応という、あまり楽しくない種類の案件がまわってきたのである。ちなみに私の仕事は半導体屋で・・・なんて話は、ここではどうでもよいので割愛する。話のポイントは、相手が韓国人で、彼らは日本人相手だとめちゃくちゃな要求をしてきて真顔で日帝36年な・・・いや、これもどうでもいい。とにかく非常識な客の非常識な要求に振り回された数ヶ月が過ぎていったことが重要なのである。当然、深夜、早朝、休日出勤はあたりまえ、朝鮮半島まで往復して絞られたりして、ピーク時には月間の残業時間が240時間にも達した。体は疲れきり、精神は崩壊寸前、顔から表情が消え能面のようになっていた。サニーはこの頃になるとエンジンの調子が悪くなり、さらにスーパーの駐車場で当て逃げされてボディがべっこり凹んだりして 「いまさら修理にカネをかけてもなぁ」 という状況になっていた。いや、カネ以前に休日は全部返上なので暇そのものが全然なかったのだけれど。・・・ああ、人生に楽しみはないのか? この世に神はいるのか? 頼む、神よそこにいるなら僅かばかりの睡眠時間とまともな楽しいクルマをくれ・・・うぎゃー!!

そして案件が一段落した7月のその日、給与明細を見ると巨額の残業代の数字が並んでいた。残業代だけで月に50万を越えるなんてそうそうあることじゃない。そういえば先月も200時間くらいだったっけ・・・明細なんて見ていないけど。・・・ん? ・・・あれれ、そういえば、これってちょっとまとまったカネだなぁ。

・・・その後のことはあまりよく覚えていない。なにかが 「ぷちっ」 と音を立てて切れたのである。「オレはまだ正気だ、正気だ・・・」 とつぶやきながら、そのままふらふらとディーラーへ行き、そこにMC後のエクストレイルが展示されているのを見た。先月発表されたばかりだという。試乗車に乗り、サニーとは明らかに違う足回りの感触と安定感、目線の高さによる運転のしやすさを感じた。そして次の瞬間、「これください」 と言っている自分がいた。そう、結局、どうでもカーなどどうでもよかったのだ。最後のその瞬間、天使が背中を押した(それとも悪魔が耳元でささやいた?w)ことで、楽しいクルマが勝ったのである。

ボディ色は、それまでシルバー系のクルマを2台乗り継いで来たので気分を変えよう、とダークブルーパールを選択、CP塗装も施すことにした。グレードは、とりあえず飛ばしまくることに興味はないのでGTはやめてSで落ち着け、外装はプライバシーガラスとフォグランプ、サイドバイザーにマッドガードでそれなりに整えた。内装的にはCDチューナを付けたのみで、ナビは無しとした(実はあまり必要性を感じない・・・^^;)。さらにおまけでメンテナンスなんとかパッケージ。これで諸経費込みで270万円、値引きが約30万円で最終的に240万弱となった。MC直後としてはまあそこそこの値引きではないだろうか。

ちなみに満身創痍のサニーはたぶん廃車になるんだろうな・・・という予感のもとにディーラー引き取られていった。あまり愛してやったわけではないけれど、戦友(とも)よ安らかなれ・・・




在りし日の ニッサン サニー 。 当て逃げの跡が痛々しい・・・