2010.01.30 草津温泉(その1)




家族サービスをせよとの天の声が響き、草津の湯を訪ねて参りましたヽ(´ー`)ノ




さて熊谷の秘密基地から長野〜新潟方面を行動半径に加え信長の野望的な気分に浸っている筆者であるが、その秘密拠点を足がかりに家族サービスをせよとの勅命が下った。天の声の御所望は "草津の湯" である。

関東平野側から見ると草津というのは上野国=群馬県の山岳地の最深部にあたり、家族連れで行くなら越後湯沢とか伊香保のほうが交通の便が良いはずだが、天の声は人智を超えた存在なので逆らうことは許されない(爆)。そんな訳で、まあ湯畑と湯揉みを見るのもいいか…と思い計画を立ててみた。

いつものように女子供のチャラチャラした展開は大幅カット、また現地についてからの行動半径も小さめになることは予めお断りした上でのレポートであるヽ(´ー`)ノ




■草津への道




そんな訳で那須塩原から熊谷に新幹線でやってきた天の声を拾い、秘密基地を一通り案内したのち花園ICから関越道に乗る。天気は上々である。

首都圏から草津に向かうには、関越自動車道を北上して渋川伊香保ICで下り、R353で中之条まで抜けたのち、R145に乗って西進する。渋川伊香保ICはちょうど関東平野が尽きる一番奥まったところにあり、そこから先は山また山の山岳地である。




草津は群馬県山域のほぼ最奥地である。上空から俯瞰すると↑上図のような地理であり、浅間山と白根山に挟まれた盆地の北端近くに位置している。

何故こんな所に人が住んだかといえば、一にも二にも 「そこに温泉があったから」 ということに尽きる。その起源は明確ではなく、伝説上では日本武尊(やまとたける)や行基などの開湯伝説が伝わっているが、実際に草津の名が文献上に登場するのは鎌倉時代からである。

鎌倉幕府が成立した建久3年(1192)、源頼朝が三野原(浅間山南麓側)で巻狩りを行った際に、かつて敵対した木曽義仲の郎党細野某が草津に落ち延びていたのを見出し、臣下の礼を尽くすことを誓ったので湯本の姓を与えてその地頭にしたと言われている(※)。記録が増えだすのは室町時代以降で、湯本氏は山一つ越えた上田に本拠を置いた戦国大名:真田氏の配下として活躍していたようだ。

※Wikipediaには吾妻鏡を根拠としてこのエピソードの記述があるが、吾妻鏡の建久3年の段を見ると巻狩りが行われたことは書いてあるが湯本氏の記述はどうも見当たらない。列伝の形で別の段で思い出したように言及があるのかもしれないが筆者はそこまで調べる余裕が無かった。まあここは旅情を壊さないようにツッコミもホドホドにしておこう(^^;)




さて渋川伊香保ICを下りた直後は少々R17を通る。さすがに幹線道路はよく整備されているな。




しかしそれも市街地周辺の話で、すぐに道路は田舎仕様となり、あたりは里山然としてくる。




ICから10kmほど山間に入った小野子で小休止。




なんとここでは梅が咲いていた。種類や個体によっても違うのかもしれないが、那須で梅といえばほとんど3月に入ってからという感覚が筆者にはある。1月末でこんなに咲いているというのはちょっと驚きだった。




少しばかりフライング気味の春の気配を味わってみよう。




あたりはもう、日本の正しい農山村といった風景である。




さていつまでも茶飲み休憩をしている訳にもいかないので道を進んでいく。榛名山と子持山に挟まれた回廊を吾妻川が流れ、その谷沿いのこれまた狭く細長い耕地が断続的に連続する中を、2時間あまりもかけてゆるゆると進んでいくのである。

見れば…おお、あの雪を戴いているのが四阿山〜白根山の山塊だろうか。あの向こうはもう長野県の筈だ。…それにしても、草津温泉というのは本当に山の奥にあるんだなぁ(・ω・;)




■八ッ場ダム




途中、八ッ場(やんば)ダムの工事現場を見た。政権与党となった某民主党の "事業仕分け" のシンボル的存在となったダムである。これはニュース映像でよく見る橋脚で、湖面1号橋だか2号橋だか…そんな名前だったと思う。




周囲の状況はというと、護岸やらトンネルやらetc…の工事はほとんど出来上がっている。ここまで進んだ事業を中止する意味というのがさっぱりわからないが、今回の目的地は草津なのであまり深くツッコまずにスルーしよう。

ちなみにこの真下には幹線道路と鉄道が通っており毎日人が往来している。この写真はまさにその道路から見上げて撮っているのだが、安全管理上さすがにこの状況で中断したままというのは問題だと思うぞ・・・




さて工事現場を抜けてしばらくいくと長野原草津口からR292に折れる。ここから北側が広大な六合村で、草津へは途中の湯ノ平からさらに5kmほど白根山寄りに入った先にある。

途中の道沿いはすべて山林で、民家はほとんどない。市販のロードマップだけ見ているとなかなか気づかないが、この山奥具合というのは結構なものである。モータリゼーション以前の時代には、来るだけでも大変な労力を伴ったのではないだろうか…。




そんな山道を進んでいくと、一点豪華主義のように忽然と市街地が現れる。ここが草津温泉である。

…いやー、ようやく着いた〜 ヽ(´ー`)ノ

<つづく>