2014.10.25 日光:竜頭の滝の "早い紅葉" の謎を探る




竜頭の滝の謎解きに挑戦してみました (´・ω・`)ノ



さて今回は本サイトには珍しく(?)サイエンス的な内容で書いてみたい。10/03のレポートで竜頭の滝の早い紅葉について仮説をいくらか述べてみたのだが、その妥当性を確かめてみたくなったのである。筆者は2012年以降、紅葉チェッカーで最低気温の推移を見ながら撮影時期の予想を建てていて、まあおおよそ合っているだろうとの所感をもっていたのだけれど、竜頭の滝はそこから少々ハズレた事例ということになり、その理由を知りたいと思ったわけだ。




水辺で紅葉が早く進むのは、水温<気温という一般傾向による低温効果によるものだとの指摘が古くからある。水の周囲には冷気が漂っていて、近傍の木々はこの影響で紅葉のスイッチが早くONになるという説だ。

これが自然の河川で実際に観察されるものなのか、また観察されたとしてどのくらいの温度勾配を持っているものなのか、検出できればおそらく距離の関数として温度勾配が得られる筈である。これはもう、四の五の言わずに実測して確かめてみるしかあるまい♪




そんな訳で今回筆者は秘密兵器(?)を導入してみた。セパレートタイプの温度計である。もちろん社会の底辺を生きる筆者の懐事情が許す程度のものだから、高価なものの筈がない(^^;) 実売価格は \1500 くらいで、センサはサーミスタ(セラミック素子の抵抗の変動を温度に換算する方式)である。マニュアルによれば精度は±1℃とあり、正直なところもう一声頑張ってほしいところなのだが、今回は絶対値校正の正確さよりも相対的な温度差がわかればよいので、そのへんは煩くは問わないことにしよう。

ちなみにこの機種はセンサを2つ積んでいて、ひとつは本体内、もうひとつが3mのコードの先に付いている。もともとは園芸用らしく、ビニールハウスの内側と外気の温度を同時に測るためにこのような仕様になっているようだ。

フィールドワークで使用する場合にはコードの先にある 「OUT」 のセンサを主に使う。本体内のセンサ(IN)は、本体を手に持ったりポケットに入れたりしていると体温の影響をうけて変動してしまうからだ。今回はこの構造が大変に役に立った。



 

■ 戦場ヶ原で迎える夜明け




そんな訳で途中の移動は思いっきり省略して、いきなり奥日光の中禅寺湖畔である。ニュースでは 「今週は日光の紅葉はいろは坂付近が最盛期で…」 などとやっているので、週末は猛烈な混雑が予想されている。それを避けるために筆者は午前3時に登ってきた訳だが……我ながらナニをやっているんだか(笑)




そのまま真っ暗なR120を進み、自販機の充実している戦場ヶ原のレストハウスまで到達。とりあえずここで夜明けまで時間を潰そう。

見れば駐車場には車中泊組が結構いる。 ……でも皆クルマの中で寝ているようで、外を歩いている人はいない。筆者は懐中電灯を片手に戦場ヶ原展望台まで100mほど歩いてみた。せっかくだから明けていく戦場ヶ原の風景を眺めてみようと思ったのである。




見上げれば、満天の星空。天の川も綺麗だ。撮影時には気が付かなかったけれど、左下にちょこんとアンドロメダ銀河も写っている。普及価格帯の Nikon D7000 + 解放F3.5の便利ズームでも頑張ればこのくらいの絵は撮れるのだから、デジタル時代の機器というのはなかなか侮れない。

※肉眼では天の川はもっと淡い光の帯としてみえる。この写真は ISO6400 で30秒露光した画像を、トーンカーブを持ち上げて明るめにしている。




自販機で熱い缶コーヒーを買って、ちびちびやりながら静かなる時を過ごす。

明け方が近いので空はどんどん明るくなっていく。空は青みがかり、星はゆっくりと消えていく。心が洗われるような時間帯だねぇ…




この明け方の頃、戦場ヶ原には周囲の山々から下った冷気がゆっくり溜って冷気湖を形成するといわれる。上の図は標高を3倍に強調して3D画像にしたものだが、戦場ヶ原というのは極めて理想的な盆地形状になっている。

ここに溜る冷気の層はせいぜい深さが10~20mくらいの薄いもので、日が昇ればすぐに消えてしまう。しかしそんな程度のものでも、明け方の冷え込みを加速させる働きがあり、戦場ヶ原は周辺の山々と比べても妙に冷え込むのである。




やがて戦場ヶ原に朝靄が立ちはじめた。風はほとんどない。

どこにも逃げ道がない冷たい空気が溜って、気中水分が飽和し、やがて霧や靄を生じる。筆者は今、消えゆく星々を眺めながらその底に沈んでいるという訳だ。




そして午前6時15分、ご来光が射した。この頃には車中泊組もぞろぞろと活動を開始しはじめ、筆者は入れ替わるように自分のクルマに撤退した(笑) 本日のメインディッシュは竜頭の滝なので、引くときには引いておこう。




ちなみに温度計はこの夜明けの気温計測がデビュー戦であった。計測値は -5.6℃ …思いっきり氷点下だな。天候の状況から見てやはり放射冷却(+冷気湖形成)が起こっているのは間違いないだろう。




あたりは一面、霜で白く凍り付いていた。紅葉の赤色は霜が降りると褪(あ)せてしまう。…ここではそろそろ紅葉は終わりにちかいようだ。



 

■ 竜頭の滝に移動




さて下界から観光客が押し寄せてくる前に、筆者は竜頭の滝駐車場に入ることにした。戦場ヶ原レストハウスから竜頭の滝までは約2km。3分もあれば到着してしまう。

だが計測はまだ始めない。温度計もカメラも、氷点下の環境では表面が霜に覆われてどんどん凍っていってしまう。カメラはタオルなどで簡易的に覆えばなんとかなるにしても、買ったばかりの温度計を霜でビッシリにしてしまのもアレな気がするのである。




竜頭の滝は、楓やブナの紅葉は終わって、殿(しんがり)を務めるカラマツの黄色がピークになっていた。まあ、とりあえず気温が10℃以上に上がってくるまで、仮眠でもして待とうか。…ぐう。



 

■ いよいよ、計測開始




やがて待つこと二時間半。午前9時を過ぎて気温は15℃となった。無風、快晴で気象条件も安定しているようだし、そろそろ始めてもよいだろう。




そんな訳で、センサのセッティング。今回は長さ1.6mの一脚を利用してこんなふうにセンサを装着した。センサ部を遊ばせているのは一脚の表面温度の影響が及ばないようにするためだ。

※温度計の仕様としては、センサと一体化している吸盤で壁面などに固定することになっている




一脚を完全に伸ばすと、こんな感じになる。最初は釣竿を使おうかと思ったのだが、こちらで正解だった。取り回しがラクだし剛性もある。なにより 「いかにも機材然」 としているので、計測中は何かの学術調査でもしているように見え、周囲の観光客にも怪しまれないで済むのである(^^;) フィールドワークでは 「挙動不審に見えない」 というのは極めて重要なファクターだ(笑)




ということで、まずは滝から120mの地点から計測を始めてみた。




今回の計測ポイントは、滝を横切るR120に沿って、ほぼ直線状に移動できる120mぶんである。本来は滝の中段くらいで計測したいのだが、残念ながら周囲は原生林で、人が簡単に分け入れるような場所がないためこのような次第となってる。




本体を手で持って計測していると、本体内とセパレートセンサの温度差が10℃以上もあって驚く。やはり手で持っていると内臓センサは体温を拾ってしまうようだ。

さて温度計の表示値が安定するまで約5分…、外気温はおよそ15℃であった。さて、これが滝に近づくに連れてどう遷移していくのだろう。




Google Map の衛星写真を参考にあらかじめ決めておいたポイントで、黙々と温度を測っていく。観光客は続々とやってくるが、うまいことスルーしてくれるので助かるw




それにしても…距離の関数になるだろうとの予想に反して、移動しても値はほとんど動かない。せいぜい0.5~1℃くらいのばらつきがある程度で、温度分布はフラットだ。こりゃ失敗したかな…?




40m地点あたりまではあまり目立った差異がなく、いよいよ橋まで来てしまった。




…が、橋の上に来ると値が動いた。




おお…11℃ か…! もっとゆるやかに変動するのかと思っていたけれど、こんなに局所的な狭い分布になっているとは思わなかったな。

何度か測りなおしてみたけれど、橋の上では中心部も周縁部も、おおよそ11℃で大きな変動はない。道路の高さで見る限り、傾斜というよりも、矩形波みたいにカクンと川幅に合わせた分布になっているようだ。まあこういうのは百の屁理屈より一つの実測データだから、そういうものなのだと受け止めることにしよう。

ともかくこれで、"川の近傍は冷える" という事象は確認できた。専門家にとっては既知の現象でも、筆者にとっては新鮮な事実である。




ところで0m地点を計測しているのは橋の上なのだが、紅葉の木々はもっと水面に近い位置にあるので、「これで正しいのか?」 という疑問が湧いた。地形に合わせてセンサ位置をもっと水面近くまで下げてみたら、どうなるのだろう?




そう思って、橋の少し上流部でこんな(↑)位置にセンサを置いてみた。もちろん何かに接触させている訳ではなく、一脚を伸ばして水面上の空中にセンサをぶら下げている。




うお…! 8.5℃…? こりゃ凄い。水の近くだとこんなことになっているのか。

見ればこの付近の岩肌はしっとりと水分を含んでいる。滝の水煙がなんとなく "もわ~ん" と漂っていて、肌感覚としても涼しい。これをみる限り、筆者としてはやはり "気化熱で冷却説" に一票を投じたくなってくるなぁ。

とりあえず、この値を0m地点の温度として採用しよう。




さて、こうやって計測した気温 vs 橋の中央部からの距離 をグラフにプロットすると、こんな状況になった。0mが橋の中央(川の中心)で、10mがちょうど岸の部分(橋の端部)、それ以上がR120に沿った平地になる。竜頭の滝周辺の "気温の低いエリア" はせいぜい20m圏内くらいで、本当に川沿いぎりぎりの細いエリアになっている。そしてその20m圏の温度勾配は、なんと6℃以上にもなっていた。




ちなみに水しぶきの立っていない穏やかな水の流れの直上で温度を測ると…




10.5℃であった。つまり、よく冷えるのは激しく水が飛び散って水煙の立っているようなところで、単に水が流れているだけでは冷却効果は弱くなる…ということなんだな。




実はこれでひとつ切り分けができたと思う。竜頭の滝の冷え込みには、滝自身による冷却効果の他に、さきに述べた戦場ヶ原の冷気湖からあふれた冷たい空気が中禅寺湖方面に流れ出して低温状態をつくるという説がある。もちろんその可能性も否定すべきではないとは思うけれど、実測結果としては竜頭の滝の水流の直上こそが冷えており、やはり水依存性のほうが明瞭にあらわれているように思う。




そんな訳で、とりあえずの結論としては、紅葉のフライング進行は滝による局所的な冷却効果が主要因と判断したい。他の河川とちがって竜頭の滝が非常に早く色付くのは、単に水があるという以上に、水煙の立つような滝の段々が延々と連続していて、普通の水辺より冷却効果が高いからなのだろう。

さらに言えば、滝は天候に関係なく24時間稼働であり、木々は日光をよく浴びながら低温にさらされている。これは赤色色素(アントシアニン)が合成されるには理想的な環境である。地形的にもここはナメ沢で、切り立った断崖部分はなく、木々は水面ギリギリに近接している。これも冷気を浴びやすい好条件といえる。




■ 遊歩道の右と左と



さてひとまずの結論は得られた訳だが、念のため筆者は滝の中段でも簡易的に計測をしてみた。




10/3の来訪時に、遊歩道の右と左で木々の色が違っていたのが、展望スペースの付近でこれが温度勾配として見えるものか、確認しておきたかったのである。




計測値点は展望スペースの左右端。このアングルでは右側が竜頭の滝側になる。




まずは山側から計測すると、15.5℃であった。




これが滝側では 13.6℃ となった。もうすこし下がるかな…と思いきやそうでもなく(^^;) 遊歩道の左右(距離感としては10mくらい)での温度勾配は2℃である。しかしたかが2℃とバカにしてはいけない。

2℃の温度勾配を標高換算(0.6℃/100m)すると333mとなる。これは東京タワーの高さとほぼ同じだ。つまり東京タワーに相当する断崖絶壁の上と下くらいの環境差が、このわずか10mほどの距離感の中に凝縮しているわけだ。紅葉の下る早さは40m/Day(※那須のレート)とも言われているけれども、これを機械的に当てはめれば2℃の温度勾配は紅葉を8日間早める(或いは遅らせる)効果があるとみなすことができる。これだけあれば色段差も生じるだろう。

…ということで、結局、温度勾配でおおよその説明はできてしまうのだなぁ…




そんな訳で、本日の計測はこれでおしまいである。学術的にはもう少し真面目なアプローチが必要だろうけれど(笑)、筆者のニーズとしてはひとまずこれで是としよう。




…それにしても、水の力、恐るべし。

こうしてみれば単なる瀧の風景だけれども、この連続する水しぶきの局所的な影響は、思った以上に大きいのだなぁ。




紅葉の季節には、それが色の帯として鮮やかに見えてくる。物理の原則に忠実に従いつつも、風流な風景として我々の目を楽しませてくれる。原理原則さえわかってしまえば人工的に再現することも可能かもしれないけれども、筆者的にはこの風景が自然のうちに在るという希少性を素直に愉しみたい。



さてその後はミーハーに紅葉狩りなどを楽しんでみたのだが、筆疲れもしてきたので詳細は思いっきり省略してしまおう。ちなみにこの日は絶好の紅葉日和で、中禅寺湖畔はまさに Nikko is Japan 的な風景であった。

…こういう休日も、なかなか良いものだねぇ ヽ(´ー`)ノ


【完】



 

■ あとがき ~中禅寺湖の "湖効果" についての考察を兼ねて~


さて1ページしかない短稿であとがきを書くのもどうかと思うのですが(笑)、今回のレポートを書いている途中で 「中禅寺湖の湖効果」 がなんとなく見えてきたのでオマケとしていくらか書いてみたいと思います。明け方の戦場ヶ原の冷え込みが、アメダスの奥日光中宮祠のデータと符合しないので 「あれれ?」 と思ったのがきっかけです。




本編に書いたとおり、この日の朝は戦場ヶ原は霜が降りてバリバリに凍った状態にありました。ポータブル温度計で気温を計測すると-5℃くらい。しかし標高が100mしか違わないアメダス(奥日光中宮祠)の同時刻の計測値は 2.9℃で、戦場ヶ原の水準に標高換算しても 2.2℃と氷点下にはなりません。今まで中宮祠から標高換算で戦場ヶ原の気温状況を評価していた筆者は 「さすがに7℃の差は大きすぎるだろう」 と思った訳です。

この原因は中宮祠のアメダス観測点が中禅寺湖の "湖効果" によって温度変動の緩和状態にあったことと、戦場ヶ原が冷気湖の底に沈んで過剰に冷えたことにあろうかと推測しています。巨大な湖の隣に完全隔離の平らな盆地…という奥日光ならではの地形条件で生じたのでしょう。

ところで "湖効果ってなんだよ" とツッコミがありそうですが、これは中禅寺湖のような巨大な水の塊があると、その熱容量が環境の温度変化を抑える方向に働くというもので、簡単に言えば 「温まりにくく、冷めにくい」 ということになります(→貯熱効果とも)。




それを当日(2014/10/25)の気温変動グラフで確認してみましょう。奥日光に近い環境でアメダス観測点を探すと、旧栗山村の土呂部に類似標高(925m)があります。ここと中禅寺湖畔の中宮祠(1290m)を比較してみました。




これ(↑)がそのグラフです。各アメダスポイントの計測値と、それを戦場ヶ原の標高に換算したものを載せています。一見してわかるように、中禅寺湖畔の中宮祠は最高気温は低く、最低気温は高めになって寒暖差が小さくなっています。これが湖効果ということになります。

これをみると、戦場ヶ原の状況を推測するには、地理的に近い中宮祠よりも、土呂部から換算したほうがより正確(というより "マシ" というべきか)ということになりそうです。…というか、気象庁は奥日光の計測ポイントをもう少し湖から離したところに置かないと、汎用性のあるデータにならないんじゃないですかね。




それはともかく、微妙に紅葉チェッカーと合わなかった奥日光の状況について、今回の考察でいろいろと知見が得られたのは収穫でした。

紅葉を予測しようという試みは、とどのつまり局所的な気象現象を追いかけるということです。筆者のやっているのは "そろそろ見頃か大雑把に分かればよい" という程度のゆる~いアプローチですけれども、道楽半分でも精度はそれなりに追及したいところ。創意工夫の余地は、まだまだありそうです。


<おしまい>