2018.04.21 水芭蕉を尋ねて(その1)




水芭蕉を追いかけてみました(・ω・)ノ



さてしばらく更新がご無沙汰になってしまい 「生きてますか?」 「やる気スイッチ押してる?」 「実は孤独死してるんじゃないの(ぉぃ)」 的なメールなどを頂いて聊(いささ)か恐縮至極の今日この頃、久方ぶりに遊行に出てみることにした。いつもなら4月と言えば桜三昧レポートになるところだけれども、今回はいくらか変化球気味に水芭蕉を眺めてみようと思う。

水芭蕉といえば筆者の自宅近郊では塩原の大沼と旧栗山村(現:日光市)の土呂部が自然の自生地として知られている。その他には箱の森プレイパーク、上三依水生植物園、中三依の示現神社などがあり結構な候補地があるのだが、今回はR121とR400沿いを中心に尋ねてみた。



 
ところで水芭蕉といえば昭和22年につくられた 「夏の思い出」 という罪作り(?)な歌があり、
 
夏が来れば思い出す
はるかな尾瀬とおい空
霧の中に浮かびくる
優しい影野の小路
水芭蕉の花が咲いている
夢見て割いている水の畔
石楠花色に黄昏る
はるかな尾瀬とおい空


と尾瀬の情景が綴られている。尾瀬は塩原や日光よりも気候が冷涼で、水芭蕉が咲くのは5月の末頃なのだが、歌詞のイメージにつられて夏休みに尾瀬を訪れ 「なんだよ〜、ぜんぜん咲いてないじゃんっ!」 とツッコミをいれたくなった人は後を絶たない。



これについては作詞者の江間章子氏がのちに 「私にとっては5月が夏なのよ〜♪」 という趣旨の発言をしている。 この背景を理解するにはいくらか国語と暦(こよみ)の教養が必要で、彼女は俳句の歳時記の季節感で5月を「夏」と表現したらしい。

※写真はWikipediaのフリー素材より引用




歳時記は奈良時代にまで遡る季節の事物をまとめた辞典で、主に和歌を詠む際の季語のデータベースとして知られる。 たとえば正月行事で "初春" の語が使われるのは旧暦ではちょうどその頃梅が開花するからだ。 その文脈で平安貴族から認識されていた安曇野あたりの水芭蕉の開花期(5月後半)をみると、旧暦では6〜7月頃にあたり、たしかに初夏なのである。

※写真はハンディ版入門歳時記(大野林火監修/俳句文学館編/角川書店,1984)より引用



 

■ とにかく出かけてみる

 


さてあまり前振りが長いとアレなので、薀蓄(うんちく)はそこそこにさっそく出かけてみよう。

今年は3月末に強力な暖気がやってきて夏日が連続したこともあり、那須野ヶ原の南側では早くもツツジがちらほら咲き始めている。 いつもの年よりも2週間ほども早めに季節が進んでいるようで、花を狙って写真を撮りたい人には少々勝手の違う春となっている。

ちなみに一般に行楽客の方々はGW狙いで行楽スケジュールを組む人が多いようで、 そのアオリをうけて連休の直前/直後はまるで真空みたいに道路がガラガラになる。こういう日は行楽ドライブにちょうどいい。




途中、ツツジをちらほらと見かけた。 これだけ暖かい春だと水芭蕉のピークが過ぎてしまわないかちょっと心配になってくるが…はてさて、どうなることやら。



 

■小滝温泉神社




さて 途中は省略して、塩原渓谷を抜けて温泉街もスルーし、上塩原にやってきた。




小滝温泉の神社境内が桜吹雪でいい感じだったので、ここでちょっと小休止。




下界はもうツツジの季節になっているけれども、やはり山間部は季節の進み方が遅い。
10年くらい前、この境内の沢水の畔(ほとり)にいくらか水芭蕉があった。しかし今年はもう見あたらない。枯れてしまったとすれば少々勿体ない気がするな。



 

■上三依へ

 


桜休憩ののちは、尾頭トンネルを抜けて日光市(旧藤原町)のエリアに入る。 那須野が原中央付近と比べるとちょうど1ヶ月ほど季節を逆進したような気候のところで、木々もまだまだ早春の面持ちだ。




ここはランドマークとなる野岩鉄道:上寄居塩原温泉口駅。




駅前広場に桜があり、そろそろ咲き掛けといったところで、今週末くらいにちょうど花見の盛りかな…という状況だった。

野岩鉄道は東武線経由で新宿から乗り入れ可能な路線だが、新宿からやってきた乗客氏はツツジやシャクナゲの季節となっている都心からだんだん季節を逆走して、ここに至って桜を見ることになる。こういうタイムマシン的な愉しみ方ができるという点で、GW前後の那須〜塩原〜日光のエリアは面白い。



 

■上三依水生植物園

 


さてここで本日の主要な目的地のひとつ、上三依水生植物園に立ち寄ってみよう。 ここは男鹿川と尾頭沢の合流する湿地帯につくられた植物園で、東京圏から来訪する場合は新宿直結の東武線〜野岩鉄道乗継で上三依塩原沿線口駅下車、徒歩10分ほどで水芭蕉が見られる立地にある。小さいながらも、もしかすると都心から一番楽に水芭蕉を見に来られる場所かもしれない。




駐車場から男鹿川を渡って植物園に向かう途中、川の中になにやら動物のようなものが倒れているのが見えた。




見れば、鹿の遺骸のようだ。冬の間に行き倒れたものだろうか。淘汰は自然の摂理とはいえ、不憫なものよのう・・・南無南無。




それはともかく、ここが植物園である。 今回は水芭蕉一択なので細かいことは置いておいて突撃してみよう。



おお、咲いている、咲いている。
やや葉が伸び過ぎの気配はあるものの、まあそこそこに美しい。




水芭蕉は座禅草と同じサトイモ科の植物で、花の本体は中央のトウモロコシみたいな部分である。見た目に美しい白い部分は苞(ほう)といって花を保護するカバーみたいなものだ。

この苞の部分は雨や風で傷みやすく、霜が降りれば茶色くなってしまうし、天気が荒れ模様になるとすぐにぺろんとめくれて倒れてしまう。見た目の美しい株を見たければ、開花直後の背の低い状態のものを狙うのがよく、その意味では本日は少々タイミングを逃して(※)いるようだった。

※今年は3月末から夏日になるなど高温だったことも影響しているように思える。例年上三依の水芭蕉の見頃は4/15(開園)〜月末いっぱいくらいである。



水芭蕉はもともと養分の少ない痩せ地に育つ植物で、下手に肥料を与えるとすぐに巨大化して肥満体になってしまう。この植物園の水芭蕉はまだ健康体のようにみえるけれども、大沼などの自然湖沼のものに比べると大きめだ。・・・まあ、このあたりは人の手が入っているのである程度は仕方のないところかな。



 

■中三依:示現神社

 


さて次はR212(会津西街道)を南進して中三依(なかみより)の示現神社(じげんじんじゃ)に立ち寄っていこう。 示現神社は中三依集落の鎮守社で、江戸時代からつづく獅子舞の奉納が地域の無形文化財になっている。野岩鉄道の中三依温泉駅からも近く、地味な立地ながら実は首都圏からアクセスしやすい。




示現(じげん)とは権現(ごんげん/けんげん)と同じくありがたい山の神霊などが姿を現すさまをいう。素朴な山間の古社には具体的な神の名は示さずに単に示現神社とだけ呼ばれるものが散見され、最初にその神秘体験を得た者が何を感じたかによって、のちに神社になったり仏堂が建ったりする。筆者がみるかぎり、名無しの神様は 「とりあえず山神様」、名無しの仏様は 「とりあえず観音様」 に四捨五入される傾向にあるようだ。

中三依の示現神社では現在は素戔嗚(スサノオ)神が祭られており、であるからには明治以前には牛頭天王社であった可能性が高そうだが、そのあたりを書きはじめると長くなりそうなので詳細は省略しよう。




今回は神社そのものではなく、境内の裏にある湿地帯に用がある。ここは男鹿川の狭い河岸段丘の一段で、R121を単に流しているだけだと見過ごしてしまいそうだが、水芭蕉の見られるスポットでもあるのだ。

この湿地帯は地元では "中三依湿生園" と称している。ただ残念ながら存在感がマイナーすぎて地図アプリには載っておらず、ランドマークとしては示現神社を目印にしたほうがアクセスしやすい。




さて神社の駐車場にクルマを停めて下っていくと、散策しやすいように木道が整備されておりちょっとした園地になっていた。通常なら集落に隣接してこういう地形があれば水田になったりするものだが、農業に使われたような感じはなく、なにやら不思議な空間になっている。




余談になるが、タネあかしをすると、この付近は火山灰性土壌で土が痩せており、水田耕作には適さなかった。収穫できるのはせいぜい蕎麦くらいで、その蕎麦は水はけのよい土地を好むため、湿地には使い道がなかったのである。 昭和も末期になって鉄道が開通(※)したのに合わせて 「とりあえず駅前だし、園地にしよう」 となったのが、ここが整備された背景らしい。

※昭和40年代に国鉄路線として着工された野岩線が国鉄民営化に伴って工事凍結となり、その受け皿として野岩鉄道株式会社が設立されて工事再開 → 昭和61年に開業している。




とはいえ駅ができたからといって観光客が激増したかというとそうでもなく、乗客の大半は首都圏と会津の往復をしていて途中駅での降車は少なかった。おかげで園地を訪れる人も少なく、結果として 「いい感じで枯れた」 状態になって現在に至っている。




園地には桜が咲いていた。 水芭蕉に桜か・・・。駅前集落のなかに柵もなくこういう空間が無料開放されているのは、なかなかにすばらしいな。




一見するとほとんど草原のように見えるけれども水気は多い。水芭蕉は人が植えたものではなく自生しているものだそうで、かなり貴重なものに思える。




そこに隣接してタンポポが咲いていた。よほど土中の栄養分が少ないのか、花はとても小さい。  筆者の在住する那須野ヶ原も決して肥沃とは言い難い土地柄だけれども、ここまで貧相ではない。やはり三依地区といのは農業には厳しいところなのだろう。




ただ水芭蕉について言えば、このくらいの貧相な土地に慎ましやかに咲いているのが本来の姿ともいえる。




ここに咲いている水芭蕉の花の大きさはせいぜい15cmくらい。他の植物と混植されてメタボ気味の上三依水生植物園よりも、こちらのほうがより自然なありようのように思える。


<つづく>