2013.03.22 鉄と日本刀を訪ねる:出雲編(中編その4)
■ 大銅場、小銅場
高殿を出てからは、正面にある大銅場に入ってみた。文字コードの関係で便宜的に "銅" の字を当てているけれども、実際には写真のような字を書く。ここは出来上がったヒを砕く "後工程" の第一の仕事場である。
炉を壊して真っ赤に焼けたまま引っ張り出されたヒは、そのまま高殿から出て、正面にある池に落とされる。
取材時には幾分雪が残ってこんな状況であったけれど、これがヒ池である。現在は道路を通すために半分以上潰されてしまっていて、こんな姿になっているけれども、現役時代にはクルマが一台ハマるくらいの大きさがあって、ここに焼けたヒが落とされた。
なぜわざわざ熱いうちに水に落とすかというと、焼きを入れるためである。…といっても、刀を作るときの焼入れとは意図が違う。大きなものでは3トン近くなるヒは、そのまま出荷するわけではなく小割(こわり)して等級別に分類する必要があった。中心部と周辺では、その品質に差があったからである。そして割りやすくするためには、焼き入れによって "固く脆い" 状態になっていたほうが都合がよかった。だから "焼けたまま水に突っ込む" という一見乱暴な工程がここに設けられた訳だ。
そして十分に冷えたヒが運び込まれたのが、この大銅場であった。一見するとなにやら中世の拷問道具(?^^;)みたいだけれど、この巨大な分銅をドッカーンと落としてヒを割ったのである。分銅の重さは見た目よりもずっと重く、500貫(約1.8トン)ほどもある。
ちなみに筆者の愛車 X-Trail の重さが1.4トンである。これより一回り重いものを人力で持ち上げてはドッカーン!…と繰り返していた訳だからそのガテン度には恐れ入るしかない。たたら場というのは実は コナン・ザ・グレート もびっくりの筋肉労働だったのだ。
「こうやってですねぇ、ドッカーンと…♪」 …と、係員氏は実に楽しそうに解説してくれるのだが、筆者的にはこれは労働安全基準法の水平線の彼方にあるような作業に思えた(^^;)
「これって、怪我人とか出ませんでした?」
…と素朴に質問してみたところ、「まあ、そのへんは(以下省略)」 ということで、やはり作業する人の生傷は多かったようだ。山内の中の人もなかなか大変であったらしい。
大銅場で約40貫(約150kg)程度の塊に割られたヒは、次に小銅場でさらに細かく割られて等級分けされた。それがこの建物である。
建物の半分は座敷になっていて、座敷の方は事務スペースとして使われたらしい。
こちらが作業スペースで、奥が小銅場、手前の道具がたくさん並んでいるところが選鋼/荷造り場となっていたらしい。
これが小銅場である。サイズが違うだけで構造は大銅場とあまり変わらない。やはり同じ要領で分銅を引っ張りあげて、ドッカーン、である。・・・いや、ゴツン、ガチン・・・とか、そんな感じかな。
ヒの中心の質のよい部分は、小割りしただけでそのまま出荷した。これがいわゆる玉鋼である。グレードは4つあって、天、寸、可、や …の文字に乁(矩尺印)を組み合わせた荷札がつけられた。玉鋼のグレードに満たないものは、大鍛冶と呼ばれる鍛冶屋が炭素成分を調整して鍛造し、包丁鉄として出荷した。・・・出来上がった鉄は、ちゃんと余すところなく利用されていたらしい。
「鉄のグレードはですね、こんなふうにしても判断できるのです」 と係員氏がグラインダーを取り出して鉄釘(軟鉄)を削ってみせてくれた。これは火花試験法として現在でも冶金の世界で使われる方法で、火花の散り方によって鋼のグレード(→含まれている炭素の割合≒硬さ)の概要を知ることができる。
軟鉄は炭素がほとんど入っていないので火花は流線のようにストレートに散る。こういう素材では、焼入れをしても硬くならないので刃物には使えない。(※刃物にするには吸炭といって炭素を加える成分調整が必要になる)
一方、玉鋼はパチパチと花が咲いたような火花を散らす。これは炭素を少量含んで鋼になっている証拠で、玉鋼は1〜1.5%の炭素を含むのでこのような状況になる。この状態の鉄は、焼入れをすると結晶構造が変わって硬くなる。つまり刃物に適した素材ということになる。この火花の形状を、よく覚えておこう。
■ 桂の花
「ところで」 と係員氏はにこやかに一振りの枝をとりだした。「これに気がつきましたか?」
…あれ? …これって?
表に出て、しげしげと御神木を見上げてみた。このアングルだと空の明るさに負けてよくわからないが、枝先には赤いものがみえる。
なんと、花が咲いているのである♪ ヽ(・∀・)ノ
朝来たときには気がつかなかったけれど、日が昇って気温が上昇したところでほころんだらしい。係員氏曰く、見頃は明日以降になるでしょうが運がよかったですね、とのこと。決して狙って来た訳ではなかったけれど、たしかにこれは運が良かったとしか言いようがない。
たたら製鉄を司る金屋子神は、桂を神木としている。この木は春になると真っ赤な花を咲かせるのだが、しかし見ごろはたったの3日間しかない。ほぼ同時に新芽が伸びてくるので、赤色はすぐに消えて枝色は萌黄色から新緑へと替わってしまうからだ。だから実物を見ようにも、遠方から訪れる者がタイミングをぴったり合わせるのは非常に難しい。普通は写真パネルで 「春になるとこんな景色になるんですよ」 と話を聞くだけの存在なのだ。
…それを見ることができたということは、少なくとも筆者は製鉄の神様にはそれなりに遇されている…と思ってよいのだろうか。…まあ、筆者は楽天家なので良い方向に解釈しておこう(^^;)
※桂は原始的な植物なので、いわゆる花びらはなく、雄株、雌株がそれぞれ雄蕊だけ、雌蕊だけの花をつける。ここに植えられているのは花形をみるかぎり雌株であるようだ。
■ 金屋神祠
さて高殿周辺をひととおり見て廻ったところで、50mばかり川下に下り、神様に挨拶をしていくことにした。
これがその祠である。製鉄の神である金屋子神を祀ったもので、奥出雲のたたら場には必ずこの祠(社)がある。村下はかつて鉄を吹くときには川で身を清め、この社にお参りをしてから高殿に入った。神事としての製鉄手順は、この祠から始まったのである。
金屋子神の祠には、祀る場所にルールがあり、必ず川べりに製鉄炉を作り、その下流側に祀ることになっていた。理由はよくわからないが、この祠もそれに則って作られている。
…おや、見ればお供え物は鉄宰か。…そういえば、村下はしばしば金屋子神への供え物に、たたら製鉄で出た最初のノロ(鉄宰)を捧げたと聞いたことがある。錆び具合からみてこの鉄滓は最後の操業=大正時代まで遡ることはなさそうだが…はて、どこから出た鉄宰だろう。供給元は日刀保だったりするのだろうか。
■ 鉄穴流し跡
さてもう随分長々と書いているような気がするけれど(^^;)、いよいよこの里での最後のチェックポイントである。祠からさらに数百m下ったところに、小さな橋がある。案内板らしいものは何も無いのだが、この橋を渡った先に鉄穴流し(かんなながし)の跡地がある。
これが、その鉄穴流しの跡である。…といっても特段大仰な仕掛けがある訳ではなく、単に溝が掘ってあるだけである(※)。この用水路のようなところに水を流し、砂鉄を含んだ砂を投入したのがいわゆる "鉄穴流し" であった。自然の河川で起こる比重選鉱を、人工的に再現して砂鉄を効率よく回収したのである。
特徴的なのはその短さで、農業用水路と違って上流側の沢から水を引いてわずか100mほどで川に落ちていた。筆者はもっと長大なものを想像していたのだけれど、人工的な比重選鉱は条件さえうまく整えればこのくらいの距離でも十分用を為したようである。
※ところどころに砂溜まりらしい部分と水抜き水路があり、流れを調整することはできたようだ。
※後で聞いた話では、他の場所では数百m以上の水路もあったらしい。
そういえば出雲博物館でみた資料にも、この鉄穴流しの古い文献(日本山海名物図会/宝暦四年/1754)があった。絵つきで描いてあったので非常に分かりやすかったのだが、実物ともだいたい一致している。砂は 「もっこ」 で担いできて、人力で投入していたようだ。
出雲の砂鉄の供給源は意外とバラエティに富んでいて、海岸で取れる浜砂鉄、川に堆積する川砂鉄、そして山を掘り崩して鉄穴流しで回収する山砂鉄があった。自然に堆積しているものを回収するほうが楽ではあった筈だが、川や海から取れる砂鉄は出所不明の不純物が混じる可能性があり、品質の確かさからいえば山砂鉄が最高級であった。
その最高級の砂鉄は、「粉金」 と書いて 「こがね」 と呼ばれたという。もちろん黄金(こがね)のもじりなのだろうが、なにやら面白いフィーリングである。
鉄穴流しの水路を辿っていくと、地図には無い小さな沢に行き着いた。中国山地には、本当にこういう小さな沢水が多い。起伏はせいぜい100m、200mといった丘みたいな地勢なのに、どれだけ保水力があるんだよ!…とツッコミを入れたくなるくらい、無数の小河川が湧いて、流れ下っている。
それにしても…一口に鉄穴流しというけれど、砂鉄だけではなく、水が豊かでないと流水を利用した比重選鉱は出来ない。森の再生力といい、保水力といい、オンシーズン(冬季)に豪雪に埋もれない程度の気候といい、この地域は本当に自然環境に恵まれている。
・・・まさに、神に祝福されているとしか言いようがないところだと思うヽ(´ー`)ノ
<つづく>
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