2022.07.20 霞ヶ浦の風景(その4)
■舟子水神宮
さて筆者はさらにゆるゆると湖岸を進んでいき、やがて舟子という字(あざな)の地区に到達した。
ここは地名はあっても人家はなく、電気、水道、ガスといった生活基盤も皆無だ。 集落が分布するのは湖岸から500mも内陸に入ったところで、沿岸部はひたすら無人地帯になっている。 かつては集落の近傍に船着き場があったに相違なく、それがいまでは干拓によって遙か彼方に引っ込んでしまったといったところであろうか。
ここには清明川という小河川が1本流れ込んでいる。湖岸道路は橋をかけずに折れており、遠回りしないと先には行けない。…というか、橋のあるところがかつての湖岸であったようにもみえる。
ここに水神様が祀られていた。霞ヶ浦にはこの種の祠が非常に多い。せっかくなのでちょっと降りてみようか。
見れば古い祠が摂社のような風体で共存している。これもまた水神宮で、代々更新されて受け継がれているらしい。神様の名前は刻まれていない。
日本神話では罔象女神(みづはめのかみ)という水神がおり、眷属であるらしい龍や河童、蛇などもまた水神として祀られる。名前を明らかにせずとりあえず祀っておこう、という場合は 「水神宮」 「水天宮」 などと号される。祠の裏面をみると舟子漁業組合の名があり、どうやら農業ではなく漁業の御利益を期待して祀られているようだ。
その神様の鎮座されている宮は葦原の一部を芝地化したところで、本当のゼロメートル地帯である。
そこに水路のような区画があって、どうやら環境系NPOが水の浄化実験をしているようだった。 一見、水を貯めているだけに見えるがおそらく隣接する葦が窒素や燐酸を吸収して浄化してくれる度合いを見ているのだろう。
その実験場の傍らには、水面の一部にアオコが発生していた。読んで字の如く、青い粉を撒いたようにみえる藍藻類の増殖だ。近隣で化学肥料を大量に使ったり都市排水を流し込んだりすると、湖沼に含まれる栄養分が極端に高くなって(=富栄養化)これが爆発的に増殖し始める。
霞ヶ浦で水質汚染が問題になり始めたのは昭和40年代以降とされる。高度経済成長期の工業化、都市化によるもので、ぶっちゃけたところ土浦周辺にその責の大半がありそうな気がするけれども、筆者は環境活動家ではないのでその是非は問わない。
ただ科学万能のように言われる現代にあって、浄化実験の行われている場所に水神宮が鎮座しているのがなんとも日本的な風景に思えた。
はてさて、水神様の神通力は、この解決に験ありや。
■浚渫場
さてここから先に進むには川を迂回せねばならない。そこで橋があるところまで一端内陸部へと戻り、平たい干拓地を改めて眺めてみた。地区としては古屋下というところで、本当にぺったんこな地形だ。
そこからふたたび湖岸に戻って東に走ると、やがてなにかの施設がみえてきた。
どうやらこれは、浚渫船の船着き場らしい。浚渫(しゅんせつ)とは湖底の土砂を取り除く作業のことだ。霞ヶ浦では富栄養化対策のひとつとして40年以上前から行われている。所轄は国土交通省である(→つまり国の事業)
そのココロは、湖に流れ込んだ栄養物質(肥料の3要素:窒素(N)、燐(P)、加里(K))が湖底の土砂に広く溜まっているので、そこから二次拡散していくのを防ぐために土砂ごと除去してしまえということらしい。計画では800万立方メートル(!!)を浚渫することになっている。とんでもない物量だな。
ちなみに浚渫船というのはこんな(↑)船で、小学生男子が小躍りしそうなメカメカしいギミックを備えている。霞ヶ浦の湖底は含水比200~400%の超軟泥(※)で、浚渫作業は 「掘る」 のではなく 「ポンプで吸引する」 のが基本となる。その吸引した泥をパイプを通じて陸揚げしているのが先の船着き場ということになるらしい。
※含水比とは水分重量/乾燥土重量のことで、一般的な土では10~30%、粘土で30~80%程度になる。80%を越えると液性限界となり、ドロドロの液状になる。
見れば確かに、吸引パイプの先には浚渫された土砂らしいボタ山がある。ドロドロの液状の土砂はここで天日干しをして水を抜くらしい。含水比が高い "おかゆ" か "ポタージュ" みたいなシロモノだから、水が抜けた後は体積が1/3~1/5くらいになって意外にコンパクトになるようだ。
こうして得られた "土" は、植生の死滅した湖岸の埋め立てに使われるという。せっかく除去したのにまた戻しちゃうの? という気がしないでもないが、これでも収支としてはプラスになるらしい。埋め立てには干拓農地を広げる意図はなく、葦原の植生が回復する程度のヒタヒタの浅瀬をつくっているらしい。
なぜ葦なのか、については 「他に有力な選手がいない」 という田舎の野球チームのような事情がある。実は霞ヶ浦の湖底の植生(いわゆる水草類)は高度経済成長期にほぼ死滅してしまって、富栄養化を抑制するのに役立ちそうな選手は葦くらいしか残っていない。
葦はとにかく生命力が強く、窒素、燐などを多く吸収する。これを利用することで、汚染された泥は湖底に置いておくよりも岸辺で葦原の "餌" にしておくほうがよい、という運用になっているらしい。先に見た水神宮周辺の葦原も、もしかするとそんな由来なのかもしれないな。
<つづく>