2011.10.23 那須硫黄鉱山跡を訪ねる:後編(その2)




■無間地獄


 
牛ヶ首からしばらく歩いて行くと、噴煙の盛んに出ている無間地獄の火口に差し掛かる。ここが硫黄採掘の現場その1である。

無間(むげん)地獄とは仏教で語られる八層の地獄の中でも最下層の苛烈な灼熱地獄を指すのだが、日本の火山ではよくある地名で、多くの山で噴気地帯にこの名称がつけられている。名前こそ恐ろしげだが、噴気孔の周辺は硫黄鉱床であることが多く、鉱山主にとってはここは地獄どころか宝の山であった。


 
地形状況を理解するために、姥ヶ平方面から望遠で撮った写真を載せてみよう。黄色く染まった部分が硫黄鉱床で、かつてはこの急斜面で鉱石の採掘を行っていた。登山者と比較するとその巨大さがよくわかると思う。


 
ここで採れる硫黄鉱石の純度は、およそ75%前後あった。日本の硫黄鉱山の平均品質は35%程度であったそうだから、相当に優良な部類である。

鉱石の純度が高ければ精錬所まで運搬する作業効率も高くなり、精錬によって発生する残渣も少なくて済む。鉱山の利益率がどの程度だったのか筆者は知る由もないが、かなり良いヤマであったことは確かだろう。


 
そんな硫黄のかけらをひとつまみ。精製硫黄と違って多少のザラつき感があり、置物にするにはイケメン具合がもう少し欲しいかな…(^^;)

硫黄の結晶には何種類かあるそうで、鉱石の形で常温で存在するのはほとんどが斜方硫黄である。約110℃で溶融がはじまり、赤熱した粘りのある液状になる。450℃以上に加熱すると昇華してガス化し、精製はこの温度まで上げてから冷却する。残渣成分としては灰状のサラサラの不純物が残る。おそらくは火山灰か何かの成分だろう。


 
登山道はそんな火口部分を横切って峰の茶屋方面に伸びている訳だが…


 
よくみると人工的な石組みが段々になっていることに気づく。


 
この段の上にあるのが、かつての煙道の跡である。もう斜面崩落で随分埋まってしまっているが、現在でも石の列がいくつも並んでいるのが確認できる。

前編でも少しばかり触れたが、この煙道法というのはそのままでは空気中に拡散していってしまう火山性ガスを石を組んだトンネルに導いて自然冷却し、硫黄分を析出させるものである。下手な組み方だと噴気がすぐに漏れてしまうため、煙道の構築には石垣職人のスキルを持った鉱夫が必要だった。

煙道はちょうど出口付近でドロドロの析出硫黄が流れ出すように長さを調節して作ったそうが、冷却は自然放冷によるものなので、気温によってその状況は大きく変わった。硫黄が溜まりすぎると爆発することもあり、鉱山ではそのメンテナンスには気を使っていたという。


 
それにしても…これだけの遺構が残っているのに、誰も気づかないままに素通りしていってしまうのは実に勿体無い。筆者も今までスルーしてばかりだったので人のことは言えないのだけれども(^^;)、登山道側から見るとちょうど目線から上くらいの高さなので死角となってしまい、本当に気がつきにくいのだ。

まあここが鉱山であったことなど、そもそも多くの観光客は知らずに登ってくるのだろうけれど、せっかく目の前を通りながら認識すらしないというのは実に勿体ないと思う。


 
この勿体無いさ加減というのは、ここがちょうど眼下にハイマツと紅葉の木々が広がり、休憩をとりながら写真を取る人が多いのに、自分の座っている石がかつての鉱山遺構であることに気がつく人がほとんどいないということに尽きる。

休憩しやすいのはちょうど腰をかけるのに適当なサイズの石が多いからなのだが、それはかつての煙道や石垣の成れの果てなのであって、一歩引いたところから眺めるとこれが実にシュールな風景なのである。


 
ところで、煙道法というのは単純ながら精製効率は非常に高く、メンテナンスはそれなりに必要だが基本的に石を積んで放置しておくだけで純度99.6%もの硫黄を得ることができた。鉱石とちがってこれは改めて精製する必要がなく、そのまま出荷できる品質であった。

つまり "鉱石を掘って精錬" するだけの鉱山より、噴気孔に煙道を設置して "回収" している鉱山の方が燃料代もかからず採算性は圧倒的に良いのである。かつていくつもの鉱山があったのがやがて収斂していき、結局最後まで残ったのが火口に鉱区を持っていた那須硫黄鉱山株式会社だったというのは、そんな淘汰の果ての当然の結末だったのかもしれない。


 
その煙道の出口らしい開口部は、今では途中の石垣が崩れてしまっているせいか噴煙は出ていない。

上の写真は煙道ではなく自然の噴気孔だが、かつての煙道はこんなチョロチョロといった感じの析出ではなくもっとどばちょ、どばちょといった感じで析出硫黄が垂れて固まっていたという。さぞや壮観な風景だったことだろうが…残念ながら現在ではそれを絵として見ることはできない。ちょっとばかり残念なところだな。  




■トロッコ軌道跡


 
さて煙道の脇には、昔のトロッコ軌道跡が登山道として今も残っている。昔の写真を見る限りでは幅1m、長さ1.5mほどの荷台の大きさがあり、大きめの事務机に車輪がついたような格好でああった (あまり写真を引用しすぎるのもアレなので興味のある方は那須町教育委員会刊:那須温泉史を参照されたい^^;)。

この煙道付近では、単線であるトロ軌道を何台もの空のトロッコをガラガラと押してきて停めておき、硫黄を積んで端から1台づつ押して戻っていったらしい。煙道の開放口は軌道に沿っていくつも開いており、ここからかき取った硫黄をどんどん放り込んだ。石垣で段になった構造は、ちょうどトロッコの荷台上面が煙道出口付近の高さにくるように、駅のホームのような構造にしていた名残である。



 
これは姥ヶ平方面から見た茶臼岳だが、このくらい遠方から見るとトロッコ軌道が実にきっちりと真っ直ぐ水平に作られていたことがわかる。

このルートは "登山道" として捉えると変化の少ない凡道ということになってしまうけれども、こんな火山の火口付近に線路を敷いた痕跡だと知ればまったく印象が違ってくる。筆者的には 「よくもまあ、こんなところに…( ̄▽ ̄;)」 という感慨のほうが大きく感じられる。鉱山会社には"偉大なるクレイジー野郎大賞" あたりを謹呈したくなってくるなw
 

 
崩れやすい火山の斜面に通された軌道は、今では砂礫が被って人が一人通るのがやっとの幅にまで狭まっている。贅沢を言うつもりはないけれど、ほんの10mほどでも東野鉄道の遺構のようにモニュメント化して整備してくれたなら、随分認知度も上がると思うのだけれどなぁ…無理か(^^;)




■大噴


 
さてそのままトロッコ軌道跡をゆるゆると北上していく。いつもなら西麓側に広がるガンコウランとハイマツの方に目が行ってしまうところだが…


 
山側に目を向けるとチョコチョコと古い杭跡が残っていたりする。奥の噴煙がちょろちょろと上がっている辺りから手前側が大噴とよばれたかつての鉱区らしい。


 
製造年月日が書いてある訳ではないのでここに残る杭が鉱山時代のものか閉山後のものかはなかなか区別が付きにくい。しかしまあ、このくらい風化の進んだものは半世紀経過大賞(なんだそりゃ)を謹呈しても良さそうな気がする。

見ればわかるように、丸太材というのは風化すると外側からタマネギの皮を剥くように崩れていって芯の部分だけが細く残る。木組みの遺構を見るときにはこのプロセスを頭の片隅に入れおくことが必要で、細いひょろひょろした残骸でも、現役当時には太くてしっかりした柱であった可能性が高いのだ。


 
ここには石垣の残骸と杭(と言うか掘立柱というか)が見える。背後にみえるのが採掘で掘り崩した壁面である。

那須硫黄鉱山の産出量は昭和7年の資料では精製硫黄ベースで年間1800トンほどあったらしい。真珠湾攻撃以降の戦時にはさらに増産された筈だが、残念ながら戦中の生産量はわからない。


 
北側を向くとここからはもう朝日岳が見える。トロッコ軌道は奥にかすかに見えている峰の茶屋避難小屋のあたりまで延びていた。なお現在の登山道はこの付近で若干の高低差があり、昔のトロッコ軌道と正確には重なっていないかもしれない。


 
…ところで、ここは戦後間もない頃までは無間地獄に匹敵するくらいの巨大噴気地帯だった。昭和30年代の噴火の後、徐々に噴気が減ってしまったが、国土地理院の昭和11年発行の地図には硫黄鉱山のマークがこの付近に記載されており、往時の採掘中心がここにあったことを示唆している。


 
ちなみに2002年10月12日撮影の写真を掘り起こしたところ、同じ場所の遠景は↑こんな状況であった。わずか9年前の景色だが現在よりも噴煙の勢いが盛んであったことがわかる。

筆者が子供の頃(小学校の遠足で登ってきた^^;)には噴気孔から温泉が小川のように流れ下っていた記憶があり、それは2002年には消失していたのでやはり最近のトレンドとしてはここは沈静化傾向にあるのだろう。


 
さて登山道から少し登ってみると、何かの遺構らしい石垣があった。ここはかなり保存状態が良く、どうやら避難小屋か休憩所の跡のようだ。


 
これだけ明瞭な遺構なのに、やはり直接目の届きにくいところであるせいか、登山客はほとんどスルーしていく。


 
見上げれば、山肌には硫黄の黄色に混じって鉄明礬らしい赤も点在して淡い色模様が浮かび上がっている。この付近は広く全体が硫黄鉱床であるようで、時代が時代であれば本当に宝の山であったことだろう。


 
かつては黄色いダイヤとまで言われた硫黄は、今も変わらずここにあるのに、もう顧みられることはない。

時代の変化があるとはいえ…なんとも、勿体無い話だな。


<つづく>