2021.10.02 紅葉の鳥羽口紀行 〜敢えてプランBを行く〜 (その2)




■ 塩原温泉〜上三依

 


さてその後はR400を西行して塩原温泉に向かってみたのだが、紅葉らしい紅葉には遭遇せず、そのままスルーしていく。そもそも塩原の紅葉は10月後半から11月上旬が旬なので、これはこれで致し方なし。




やがて尾頭峠を越えて日光市域に入る。山また山という地勢のところに鬼怒川の支流である男鹿川が流れ、その渓谷に沿って野岩鉄道が走っている。ここをちょこっと覗いてみよう。




そんなわけでやって来たいつものチェックポイント=上三依塩原温泉口駅。標高は690mほどあって比較的冷涼な気候のところだが、周囲はまだ緑が濃い。

ちなみにこの日の上三依の最低気温の積算日数は15℃未満が27日、10℃以下になった日はない。とはいえ本日最初に訪れた那須ガーデンアウトレットよりは幾分気温水準は低めだ。




駅前の桜はぼちぼち色づいている。那須塩原市側の状況と照らし合わせてみると、どうやら秋の気配というのは桜を見ていれば凡(おおよ)そ掴めるものであるらしい。




傍らにある銀杏は、微妙な色具合ではあるものの徐々に黄色味を帯びてきていた。銀杏は赤色の色素を合成する酵素を持たないので葉緑素が分解して緑色が消失すると、もともと葉に含まれていた黄色い色素(カロテン)が残って "黄葉" の状態になる。赤色になる木々よりも現象としては単純で、色ムラが少ないのが特徴といえば特徴か。




余談になるけれども、葉緑素の成分クロロフィルはテトラピロール環という環状炭化水素のコアに炭素鎖の尻尾がついたオタマジャクシのような分子構造をしていて、このコアの中心にマグネシウムと窒素を含んだ錯体を形成している。こういう金属原子が環状炭化水素に囲まれた構造は特定の波長の光を吸収して色が付きやすい。クロロフィルではそれが緑色だったという訳だ。




葉緑素の分解は、このコアに含まれるマグネシウム Mg と窒素 N (植物にとっては貴重な養分)を回収する働きと言い換えてよい。特にマグネシウムは石灰岩質の土壌では豊富だが火山灰土壌の多い日本では慢性的に不足気味で、そういう土壌で自生する植物が葉を落とす前に回収しようとするのには合理性がある。

桜や銀杏は、この生活史的な "店じまい" の働きが早い。他の樹種に先駆けて実をむすび、葉を落として省エネモードになってしまう。そうすることで生存を有利にしようという進化を遂げたのだろう。

※図表の出典:鉱物学雑誌 第26巻(1997) 「クロロフィルの中心金属はマグネシウムだけか?」 より。この図では炭素原子20個分の長〜い尻尾がC20H39と省略されて書かれている。




一方で、楓は相当寒くなっても葉緑素の活動を維持し続け、光合成を継続するように進化を遂げた。光合成で作られるのは糖分で、澱粉(でんぷん)の形で貯蔵する植物も多いけれども楓の場合は糖分の形そのままで枝や幹の細胞内に貯め込まれる。これを樹液として採取し、煮詰めてつくるのがいわゆるメープルシロップだ。




楓の紅葉の赤色=アントシアニンは、この糖を原料としてつくられる。これに関して日本植物生理学会のサイトに面白い記事が書いてあったので紹介してみよう。

実は秋が深まって太陽の高度が下がり気温も低下してくると、日射が弱くなるよりも光合成の活性が落ちるほうが早く、相対的に太陽光が過剰になりすぎるという現象があるらしい。こうなると光合成がうまく回らなくなって冬を乗り切るための準備活動=糖分精製に支障がでる。そこで赤色の色素(アントシアニン)を作って葉緑素に有害な波長を吸収し、ギリギリまで光合成を継続しようとするのだという。この場合、赤色色素は日傘のような役割をしていることになる。

この学説が正しいとすると、緑色を保ったまま赤色が乗ってくるのが正統で、葉緑素が失われて黄色くなってから赤色が立ち上がってくる個体は 「遅刻型」 とでも言えば良いのだろうか。観光的な観点でいえば緑色の消失=紅葉の鮮やかさでもあり、遅刻型の木々のほうが写真映えするのだが…




さてあまりウンチクばかり並べると話がややこしくなるのでこのへんで切り上げよう。駅前に植えられた楓の樹は、いくらか赤色の乗った部分は見えるものの、本格的な紅葉には至っていない。ここはひとまず 「まだ時期尚早」 と判断して、先に進むこととしたい。




■ 南会津へ




上三依の状況を見た後は、会津西街道(R121)に乗って北上してみることにした。福島県側に入ればもう少し状況に変化が出るのではないかと期待してのことである。




やがて県境=山王峠(920m)を越える。ここは関東と奥州を隔てる分水嶺で、トンネルを抜けたとたんに道に沿って流れている川の流れの向きが逆転する。

ちなみにこの峠から北に向かって流れ始める山王川は、やがて阿賀川 → 阿賀野川となって会津盆地を縦貫したのち新潟平野に抜けて日本海に注ぐ。同じく南側に向かって流れ出す男鹿川は、鬼怒川→利根川となって太平洋に注ぐ。両水系の流れの中で最も標高の高いのがこの峠となる。




峠を越えて3kmほどいくと道の駅たじまがある。付近には集落らしい集落はなく、無人の谷筋のなかに忽然と商業施設が現れる。こんな立地でも立ち寄る人がいて、結構賑わっているのだから面白い。




ここに立ち寄った理由は水分補給が主で、他にはこれといった事情はなかったのだが、ちょうど鉢植えの展示即売が行われていたので覗いてみた。




すると、おお銀杏の幼木が黄葉しかけの状態で並んでいるではないか。

ここの標高は 740m、さきほど訪れた上三依塩原温泉口駅は 690m で、さほどの違いはない。色づく条件はだいたい一緒と見て良さそうかな。




では他の樹種はどうなのだろう。道の駅の正面にそびえる貝鳴山(1222m)の斜面をみると、同じように微妙に黄色く染まりつつある木々が結構多いことに気付く。色づき具合の似た樹種は結構な割合であるようだ。




紅葉チェッカーにこの場所は登録していなかったので、見上げた山の中腹=標高900m と見做して手計算してみると、15℃未満の累積日数が38日、10℃未満が15日、8℃未満が6日、5℃未満が0日という状況であった。

ついでに道の駅の標高=740m で換算すると、15℃未満 34日、10℃未満 10日、8℃未満1日となった。うーむ。

色づきとしては微妙な状況なのであまり断定的な物言いは避けたいところだけれど、一般によく言われる 「最低気温が8℃を下回ると色づきが始まる」 というのがどの程度のものか、認識する一助にはなりそうだな。




■ 会津田島:枇杷影公園




さてそのまま会津西街道(R121/R400)を 15km ほど北上して、田島まで来てみた。…が、紅葉具合はさっぱり進まないどころかむしろ後退している。

実は分水嶺である栃木〜福島県境を越えて北上すると、標高はどんどん低くなってしまう。田島の標高は540m程度で、さきほど立ち寄った道の駅と比べると垂直方向に200mあまりも下ったことになる。 これでは紅葉具合が進行してくれない。……困ったな(笑)




とはいえせっかく来たのであるから、どこか適当なランドマークを踏みしめておきたい。ちょうど阿賀川のほとりに枇杷影公園(びわのかげこうえん)という総合運動公園があるので、ここに立ち寄ってみよう。




枇杷影公園は河川敷を利用した運動公園で、多目的グラウンドと野球場、管理棟、テニスコートや遊具広場などがセットになっている。

この日は地元の少年野球チームが練習試合を行っていたのだが、部外者には非公開らしく野球場には入場規制がかかっていた。グラウンドのほうは誰もおらず、散策している人もいない。もうすこし健康マニア?な人がいても良さそうなものだけど、田舎の公園はこんなものか?




とりあえずここで紅葉の始まりの気配のようなものが感じられれば……と思ってみたのだが、残念ながら木々は青々と葉を茂らせて、まだ夏の雰囲気を残している。




色づきの早いはずの桜もここでは夏の樹勢を保っているようだ。




秋っぽい雰囲気を纏っていたのは唯一、駐車場脇のドウダンの植え込みくらいであった。 晴天が続いて放射冷却が起きると、地表付近に冷気が溜まって局所的に冷え込みが厳しくなる場合がある。低木が一部だけ紅葉するのにはそんな影響もあるらしい。




…が、それ以外はこれといって秋らしい気配はみられない。 やはりここは、より標高の高いところを目指すべきだろう。


(つづく)